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最近よく聴く指揮者 フィリップ・ジョルダン

タイトルの通り。NMLでフィリップ・ジョルダン様の録音をここ数日よく聴いております。

クラシックに精通した友人が「フィリップ・ジョルダンは才能がある良い指揮者だ」という旨を言っていたことが聴くきっかけでした。

 

いざ聴いてみると本当に良い。私はクラオタの先輩方のように耳が肥えていない(というかなんというか、演奏の良し悪しを即時に判断できない)のですが、少なくとも音が活き活きとした演奏をしているな、とは思ったのでした。

私は自称「シューベルトのザ・グレート愛好家」なのですが、ジョルダン様の録音があるということなので、最初の一枚目はこの曲を選択しました。

ザ・グレート に対しては、4楽章のラスト(本当に最後の一音です)は「ドーン」と華やかに終わるべきだと思うのですが、この指揮者はチェリビダッケのそれのようにフェードアウトして静かに終わる。ここだけが不満点でした。

他に大好物の「アルプス交響曲」「チャイコの悲愴」も指揮しており、楽しませてもらいました。来日することがあるならば、ぜひとも聴いてみたい指揮者だなと感じました。

 

 

英国の洋琴協奏曲を聴く

こんにちは諸出です。

今週末は、「イギリスの作曲家」によるピアノ協奏曲

を聴く集まりに参加してきました。(参加者は私1名)

現在、ちびちびと「演奏頻度少な目交響曲(マイナー交響曲)の採点」と「20世紀のピアノソナタを聴く」というのを一人で勝手に楽しんでいるのですが、

「たくさん聴かな、あかんやん(by某氏)」なそれらのシリーズをよそにして

英語に興味があるということも災いし、ふとエゲレスのピアノ協奏曲を「たくさん聴かな、あかんやん」 と思ったのです。

以下曲目

 

ブリテン:ピアノ協奏曲ニ長調 

バックス:交響詩「冬の伝説」

ディーリアス:ピアノ協奏曲ハ短調

スタンフォード:ピアノ協奏曲第2番ハ短調 

以下、短い感想(ググればわかることを長ったらしく書いても、あかんやん なので)

ブリテン←:第1楽章がキラキラ(小並感)していて好き。ミュートンウッドが弾いたこともあるホモ音楽の傑作ピアノコンチェルト って感じだったので前々から気になっていた。しかし全体像を把握するにはもう少し聴きこみが必要。

 

バックス←:私はこの作曲家を愛しています。色々と勝手に親近感を抱くこの作曲家(シベリウスに私淑したり、北国の自然が好きだったり)が書いた重厚であり独奏は技巧を要する協奏曲(交響詩だけど)。金管が特に重要な役割を果たしているところが聴きどころで、中間部はピアノが美しい和音を響かせます。

 

ディーリアス←:「はじめてのかっこう」で知られる彼が書いた切ないコンチェルト。冒頭からちょっと演歌くさい(失礼)、どちらかといえばト短調かよ?と思うGで始まる旋律に惚れました。今回聴いた4曲中一番演奏時間が短いし、ディーリアスは知名度もそこそこだから、日本のオケで、どなたか演奏してくださいませんでしょうか。

 

スタンフォード←:英国近代音楽の乳。この人に育てられた英国の作曲家はなかなか著名な方々もいらっしゃいますね。

冒頭のホルンが吹く旋律は、遠くを見つめているのか、はたまた切迫した何かに胸を痛めているのか、といった具合の心境を渡しに感じさせてくれました。名旋律だと思います。第2主題をピアノがしっとりと歌いだすところ(ほんとに優しいメロディ、どうすればこんなのが書けるのだ?)や、弦楽との爽やかな掛け合いが魅力です。たぶんこれからも聴き続けていくと思います。ちなみに、彼が書いた理論書が門馬直衛によって『作曲法』として邦訳され過去に出版されています。こちらは、国会図書館のデジタルで閲覧できますね。

 

 

 

 

交響曲の採点 結果発表(2)

こまめに進めようと思っていたマイナー交響曲の鑑賞も、この連休でやっと落ち着いてできるくらいアレでした。今回は5曲を自分の判断基準と照らし合わせてみました。

 

鑑賞した作曲家:ホルンボー、ラングストレム、K.Aハルトマン、アーノルド、クレストン

 

【結果】

1位:アーノルド4番(評価4)

1位:クレストン2番(同上)

3位:K.Aハルトマン3番(評価3.5)

4位:ホルンボー5番(評価3.3)

5位:ラングストレム2番(評価3)

 

英米系交響曲がトップを独占しました。ハルトマンは、6番が好きなのでそれ以外を聴いたものの、好み(私個人の音楽に対するモノサシ)からするとちょっと残念な気がしました。

 

 

演奏会日記:東響 「現代日本音楽の夕べシリーズ第18回」早坂文雄没後60年コンサート

下記の演奏会を聴いてきました。
東京交響楽団「現代日本音楽の夕べシリーズ第18回 早坂文雄没後60年コンサート」
あまり早坂を知らない人にとっては良いプレゼン的な演奏会でもあったと思います。
1曲目:映画「羅生門」から真砂の証言の場面のボレロ
ラヴェルボレロに負けないボレロ。肝心要の打楽器がリズムを刻み、それに管楽器がメロディーを乗っけていく。シンプルなようでシンプルじゃない印象を持ちました。サックスが良く鳴っていて東響の管楽器陣は大活躍でしたね。
2曲目:交響的童話「ムクの木の話」(アニメーション映像付き)
スクリーンにアニメーションが映されながらの演奏。冒頭からメロディーが胸に沁みました。予習のビデオではわからなかったのですが、ピッコロがとにかく細かく動いていました。木管=鳥の鳴き声というのは古今東西の作曲家が用いていますが、早坂も同様に自然を巧みに描写しています。
一貫して思うのは、早坂は音の引き出しが多い人なんだろうなという事でした。ペトルーシュカを彷彿とさせる連符のパッセージやチェロを中心にしたピチカートの多用が、模倣の域を当然に飛び出しているあたりは敬服せざるを得ません。
こんなに愛情に満ちているような、音色の幅も広い音楽をよく書けるなぁ... 独学でここまで来た人が居るのか とかいろいろ考えながら聴いていたので、演奏中は目から汗が止まらず、目が真っ赤になってしまい一緒に行った方に笑われてしまいました(笑)
3曲目:交響的組曲ユーカラ
早坂文雄の最後の管弦楽作品。だけど終着地点ではない、旅の途中のような「進化」をしている最中の作品(なはず)。早坂が目指した「汎東洋主義」の音楽というのを実際に生で聴けたのは本当に興奮しました。調性を感じるメロディーは皆無と言ってよいでしょうか。12音列っぽい動きもありますし、同時代の作曲家に関心を抱いていたというならば納得です。打楽器の多用と、その複雑なリズムが憧れてしまいます。弦楽合奏の部分は、「風が吹き抜けていく」ような響きの余韻を持たせていてとにかく早坂文雄の力量を思い知らされました。
進化の途中だったであろう早坂作品が、ここで終わってしまったのは本当に悔しい限りです。後の世代の作曲家にモロで影響を与えている早坂文雄は、本当に日本の作曲史において巨星であったと思います。

同年代の仲間と話しましたが、早坂を含め近年演奏会で取り上げられる作曲家たちは、本当の意味でまだ「埋もれて」いないと思います。

問題はここからで、10年、20年先 作曲家のことを知っている人、研究者、演奏家が居ないと本当に埋もれてしまう気がしてなりません。
あまり言いたくないですが、20代で日本人作曲家について熱い人って片手に収まるくらいじゃないですか。それが本当に危ない。だからといって強引に興味を持ってくれとは言いません。
しかし、「日本人作品がプログラムに載っていると客が来ない」というのは脳天を通り越して立腹せざるを得ない状況です。
そろそろ聴衆も演奏家も聴かず嫌い・弾かず嫌いはやめたほうがいいと思います。どうにかしたいですが、僕自身をどうにかしないと前に進めないですね。

交響曲の採点 結果発表(1)

少しずつ進めてた交響曲の採点(交響曲の各楽章を5段階評価し、総合評定をつけていくだけの話)やっと10作品を聴き終えました。聴いてみて良かったなと思ったのは1位のベルイ作品 スウェーデンの作曲家だそうですが、作品の冒頭はちょっとスペイン風というか熱帯な感じがします。期待してたロパルツの1番は想像以上につまらない笑 3番が傑作なだけに残念です。10位のサントスは聴いてて苦痛 は言い過ぎかもですが、聴いていて良さがわからない。聴きこめば印象変わるのかもしれませんがこの遊びでは第一印象重視でやっているので、その結果を受け止めます。1-4位までが北欧勢で3位をのぞいてスウェーデンの作曲家でした。相性がいいのでしょうか。

【結果】

1位:ナタナエル・ベルイ 交響曲第1番(評定3.8)

2位:ラーション 交響曲第2番(3.7)

3位:トゥビン 交響曲第4番(3.5)

4位:ルーセンベリ 交響曲第6番(3.3)

5位:トゥルヌミール 交響曲第1番(3)

6位:パヌフニク 交響曲第1番(2.8)

7位:ロパルツ 交響曲第1番(2.7)

8位:モーラン 交響曲ト短調

   カラーエフ 交響曲第3番(ともに2.5)

10位:ブラガ・サントス 交響曲第6番(2)

次に聴くのは ホルンボー、ラングストレム、ハルトマン、アーノルド、クレストン、ピストン、バックス、ダンディ、フックス、ウォーシャワーによる10作品の予定です。

 

交響曲の採点(not祭典)

去年までは、よく架空の演奏会プログラムなんかを作って、それに従い部屋でひっそりと観賞するという遊をしていました。

今年(もう終わりそうですが)からは、「交響曲探検記」と題して、(知名度的に)マイナーな交響曲を中心に鑑賞し、数値化して自分と相性のいい音楽を探していきたいと思います。

自分と合う傾向の音楽を掴むことは、自分自身の作曲において指針を得ることにもなりそうな気がします。  という期待も含めて行っていきたいと思います。

※マイナー(知名度が低い)の定義:NML(ナクソスミュージックライブラリー)に登録されているCDが5枚以内であること とします。→と言うものの実際にそこまで気にしてられないので、自分がよく知らないなぁと思った作品を貪欲に聴いていくこととします。

※数値化について:各楽章を5段階評価し、その合計を平均した値(小数点第一位まで算出)を総合評価とします。

※評価数字の意味合い:1=魅力感じない,2=イマイチ,3=普通,4=結構イイ,5=再度聴きたい

 

とりあえず今日は、しばらくの間採点する10作品を勝手にノミネート()しました。

モーラン:交響曲

カラーエフ:交響曲第3番

トゥルヌミール:交響曲第1番

ラーション交響曲第2番

パヌフニク:交響曲第1番

ブラガ・サントス:交響曲第6番

ルーセンベリ:交響曲第6番

トゥビン:交響曲第4番

ロパルツ:交響曲第1番

ナタナエル・ベルイ:交響曲第1番

 

ホモフォビアの象徴と化した「野獣先輩」

近年、ゲイビデオ出演者を「野獣先輩」と名付け、彼を登場させる動画が大量生産されている。私はこれらの動画を観はじめた当初、ゲイフレンドリーな人々が増えてきたのだろうかという感覚を得たが、それは間違いだったとすぐに気づいた。

ここで一番主張したいことを、あえてはじめに書いておきます。

「野獣先輩」関連動画はホモフォビアの媒体です。

ホモフォビア とは何かを確認しておきますと、一言でいえば「同性愛嫌悪」です。

「野獣先輩」動画ではパターン化されたコメント(ニコニコ動画において)がよく投稿されています。それを以下に記します。

「くさい」「汚い」「(迫真)」「(便乗)」etc.です。後半二つは特にフォビアは感じられませんが、前半二つからは明らかな嫌悪の意味合いを感じ取れます。

そもそも「くさい」という嗅覚あってこその表現が、臭いが伝わらない動画に対して向けられるという時点で特異さを感じます。

他人に向かって「くさい」という表現をあてる点では、部落差別に通じるものを受け取ることができるのではないでしょうか。

このホモフォビアの媒体と化した野獣先輩を考えるにあたり、興味深い点があります。

本来、嫌悪感を抱くのであれば、その対象から遠ざかろうとすると思うのですが、野獣先輩を通してホモフォビアを示す人々は「積極的」に同性愛へ干渉しているのです。

嫌いなものに対して積極的に干渉していく それは「攻撃」以外の何物でもないと思っています。

この記事を書くに当たり、いろいろとホモフォビア関連の記事を読んでみました。そこではホモフォビアを主張する人々は、「潜在的に同性愛に対して興味がある」 という指摘をしているものがありました。

僕は、これらの考えを踏まえ、フォビアを主張する人々は結局のところ「興味」が有り、それを公にすることを避けるため「攻撃」以外の方法しか成しえない状態なのだと考えるようになりました。

では、どうしてその「興味」を隠すのか。その答えは簡単で、自分自身が「差別」されることを恐れているからでしょう。しかし、彼らに言いたいのは、そんなに心配する必要は無いということです。

古典的なフォビアの表現として、よく尻に手を当てて「俺を襲わないでくれ」という台詞を言う人や漫画がありますが、そういう事をやっている人に限って「性的魅力」がない。はっきり言ってそういう表現をする人々はナルシストか何かだろうと思っています。

多少軸がそれましたが、「野獣先輩」を通してネット上でホモフォビアを展開する人々が多くなっていることは同性愛者であれ異性愛者であれ危惧すべき問題であると思います。(※ちなみに筆者はクエスチョナーとして大学2年までゲイの先輩にお世話になりいろいろと知識を授かりましたが同性愛者ではありません)

ゲイフレンドリーな人間が増えてきたのかと思えば、実はそうではないのだということを指摘したくて書きました。